路上放棄車処理協会がじっさいに活動を開始したのはその年の七月一日からである。一九九一年九月から一九九二年三月までの半年間で国産車五一九八台、輸入車二〇六台、二輪車三三二台、合計五七三六台の処理に関する資金拠出の依頼が市町村から協会に寄せられた。それに対し、協会は合計五三八二万九二九七円を寄付した。一九九二年四月から九月までの半年間は処理台数が若干減り、合計四八七一台、五二八〇万二三六五円となった。だがその後再び増加し、一九九三年四月から九月までの半年間となると六〇九七台になっている。これはあくまで路上に放棄されたクルマの処分のことであって、空き地や河川敷きに投棄されているものについてまで対策が打たれているわけではない。また協会に依頼している自治体の数もきわめて限定されている。