翻訳という観点からはいくつか注意すべき点がある。第一に、いくら名文を読んでも、それだけでは書けるようにはならない。外国語を学ぶために読むときのように読まなければならない。普通に読んでいては読み落とすような点にも、注意していかなければならない。だがこれは、日本語で論文を書くときの心得である。翻訳の場合には、それにとどまらない。外国語の世界と日本語の世界の間に微妙ではあるが大きな違いがあることを、つねに意識化しておかなければならない。名文を読むだけではだめで、読み方を変えなくてはならない。読者の立場で読むのではなく、物書きの立場で読んでいるのだ。もちろん、好きな本を読むのは楽しみのためであったり、情報を得るためであったり、考えるヒントをつかむためであったりする。だがそれだけではなく、日本語を書く技術を磨くために、文の内容以外に、文の表面にも注意を払っていく。